生きるのは当たり前じゃないから、手伝ってもらっていい

こんにちは!

台風が来てから、東京はまた蒸し暑くなってしまいました。


9月って気候が不安定だけど、私はそんな月が好きです。



そういえばつい数日前に「聲の形」というアニメの映画を観ました。



私はすごく好きです。



映画を観るときはいつも、いいなと思う言葉やシーンを見つけるのが好きです。


この映画でも好きな言葉を見つけました。


「きみに生きるのを手伝ってほしい」という言葉です。


すごく個人的な感覚かもしれないけれど、私はこの言葉が腑に落ちました。


当たり前のような顔して、毎日たくさんの人が今を生きているけれど、それってすごいなと思います。


みんなはどう思いますか?


色んな人間関係があって、そこで色んなことを言われて、できることだけじゃなくて、できないことにも立ち向かって、そんな毎日をちゃんと生きられることって実は大変なことのような気がします。


そんな毎日の中で生きていくには、自分だけじゃなくて一緒に生きていく誰かが必要な気がします。



「生きていくのってなんだか難しいなー」



私はずっとそんなふうに思っていました。


人と関わって生きるのが苦手だったし、なるべく1人でいたいなと思っていました。


そして毎日がなんとなく面白くなかった。


これといって、すごく窮地に陥っているわけでもないのに、どうしてこんなに生きるのってしんどい?


理由が見つからないから苦しい。


そんなことを感じながら毎日を淡々と生きていました。


でも「きみに生きるのを手伝ってほしい」という言葉に出会って、はっと気づいたんです。


自分はそのときそのときで、誰かに生きるのを手伝ってもらていたということに気づいたんです。


今更だったけれども「きみに生きるのを手伝ってほしい」っていうその言葉は、私自身の声でもあったんだなと思いました。




体にも心にも特に何の問題も無くても、生きるのがつまらないとか、よく分からないとか、そう思うことってあるはずです。


どんな人にでも、一緒に生きていくのを手伝ってくれる誰かが必要なときがあるのかもしれません。


手伝ってくれるというか、一緒に手伝い合っている関係ってなんだか暖かくて、ひとりじゃないって思えて、私はいいなと思いました。


自分が関わっている人たちは、私が生きていくのを手伝ってくれているのかもしれません。それは今だってそうです。


「生きていくの、手伝ってくれてありがとう」なんて、いきなり言ったら変かもしれないけれど、でもそんな感じもします。



器用に生きることってとても難しいです。


そんなときは「きみに生きるのを手伝ってほしい」という言葉を思い出してみるといいかもしれません。


生きることは、当たり前のことなんかじゃないです。


だから手伝ってもらって、手伝い合って、そうやって毎日を過ごして行っていい。


私も一緒に生きていくことを手伝える人になりたいです。


必要としてくれる人にとって、生きるのを手伝ってくれてる人になれたら、私はとてもうれしいなって思います。



そういえばですが、最近ギターで「ドレミファソラシド」を弾けるようになりました。


そんなの簡単すぎですが、やっぱりすごいことだと思います。


だって初めて練習する楽器でドレミファソラシドが弾けるって驚きじゃないですか?


まったく初めてなのにできることに感動しています。


もしかしたら私はギターにも生きるのを手伝ってもらってるかもしれません。

2019/09/24